戦争と平和。

昨日は極上の日


日中はエサレンジャーときちゃんと交換セッション

夜はメンズクラニオSessionと

丸一日

いのちの海にたゆたう


その間に

集団的自衛権行使容認が閣議決定されました


わたしたちはいつだって

選べるんです


生き方を


OSHOの講話をどうぞ


戦争が存在するのは、

外側の世界に戦争をする集団があるからではない。


戦争が存在するのは、

根本的に、

人間が葛藤のなかにあるからだ。


戦争の根は内側にある。


外側に見えるのはその枝や葉に過ぎない。


10年ごとに、

人類は世界的な大戦争を必要としている。


10年のうちに、

人間は自分の内側に多くの怒り、

精神錯乱、

狂気をため込み、

それは噴き出さざるをえない。


人間の筋書きそのものを変容指せないかぎり、

彼に全面的に新たな生き方と

在り方の脚本を与えないかぎり、

私たちは平和について語りながら

戦争の準備をするということしかできないだろう。


それが私たちが

何千年にもわたってやってきたことだ。


平和について語りながら

戦争をつくりだしてきた。


ばかげているのは、

平和の名の下にすら戦ってきた

ということだ。


平和の名の下に最大の戦争が行われてきた。


過去は全く破壊的なものだった。


同じエネルギーで、

人間は地上に楽園を築くこともできた。


私たちは代わりにただ地獄をつくりだした。


だが、世界の政治的理念を変えればいい

というものではないし、

人々に友愛を説けばいいというものでもない。


なぜなら、

それらのことはすでになされてきたたが、

ことごとく失敗しているからだ。


もっと基本的なことが間違っている。


人間は分裂しており、

平和について語るその同じ人たちが

分裂の原因になっている。


彼らは人間を善と悪、

低いものと高いもの、

世俗的なものと神聖なもの、

物質的なものと

霊精神的(スピリチュアル)なものに分けてきた。


彼らが人間の魂のなかに

裂け目をつくりだしたために、

内側には絶えざる戦争がある。


誰もが自分自身と戦っており、

それに耐えられなくなるとほかの誰かと戦いはじめる。


戦争が起こっているとき、

人々がいつもより幸福そうに見えるのはそのためだ。


彼らの顔は熱狂に輝き、

彼らの足どりは踊るようだ。


すくなくとも数日間は

自分と戦わなくていいので、

彼らはわくわくする。


外側に身代わり(スケープゴート)を見つけたからだ。


それは全体主義者かもしれないし、

共産主義者かもしれないし、

イスラム教徒かもしれないし、

キリスト教徒かもしれない・・・


それは問題ではないが、

外側に誰かがいる。


それは内なる戦いからの逃避だ。


それはきわめて病的なやり方でくつろがせる。


だが、ひっきりなしに戦争をしているわけにはいかない。


遅かれ早かれ

ふたたび内側を向かなければならない。


政治家は外側に戦争をつくりだし、

聖職者は内側に戦争をつくりだす。


これは人間に対してなされてきた

最長にして最大の陰謀だ。


統合された魂、というのが

私のサニヤスのヴィジョンだ。


肉体は大切にされ、否定されない。


それは愛され、

讃えられ、

感謝される。


物質は避難されず、それは楽しまれる。


それは霊精神的(スピリチュアル)な成長の一部だ。


二元対立というものはない・・・


それは成長の弁証だ。


私たちはそのようにして

二本の足で歩き、

鳥はそのようにして二つの翼で飛ぶ。


物質と精神、

肉体と魂、

低いものと高いものは二つの翼だ。


なので

ボディワークを愛してるわけです


タントラなのです


毎朝YOGAして

舞って

歌って...


セッションして


内なる平和


愛の力はそこに在るから

いつだって


【参考URL】

http://m.blogs.yahoo.co.jp/razi246/11160677.html



すべての存在が 美しく 健やかで しあわせでありますように...



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